学校におけるいじめの把握

2012年7月29日

目次

  1. はじめに
  2. これまでの経緯
  3. 学校側のいじめの認識と対応
  4. 学校におけるいじめの把握

1.はじめに

大津市で昨年10月、いじめを受けていた中学2年の男子生徒が自殺した問題で、市教育委員会と学校側の対応について大きな社会的批判が起きている。

直前まで卓球の部活動に熱心に取り組んでいた中学生の子どもが、なぜ遺書を残すこともなく短い生涯に自ら幕を引くことになってしまったのだろうか?。
周りに居た家族や学校、同級生らは、果たして彼の自殺を事前に食い止めることができなかったのだろうか?。
事件後、同中学校の校長や教師、市や県の教育委員会、大津市ならび滋賀県、文部科学省等の学校関係者や警察は、心痛める生徒の両親に対して果たして正義的に対応し、また事件が起きてしまった背景を明らかにし、問題の所在を突き止め今後の対策を図るとともに、己の責任について真摯に向き合うことをしてきただろうか?。

このニュースを目にする度に、数々の疑問とともに悲しみと怒りが入り混じった複雑な感情が、心深くから湧き出てくる。

この事件そのものについての真実の解明と責任所在の明確化については、今後設置される第三者委員会の調査ならびに警察の捜査の進展に期待するところであるが、今でのなお全国の学校で行われているであろう子どもの「いじめ」について、果たして学校関係者はどのような姿勢で対応しているのだろうか?。学校においていじめや自殺の把握が実際どの程度なされているのか、統計データから探ってみた。

2.これまでの経緯

2011年10月11日午前8時半ごろ、滋賀県大津市で市立皇山中学校に通う2年生の男子生徒が、自宅があるマンションの最上階から身を投げて自殺した。マンションの14階の通路には少年のスポーツバッグが残されていたが、遺書は見つかっていない。

くしくも自殺の起きた三ヶ月前に、文部科学省から各都道府県教育委員会教育長や知事等に宛てて、「児童生徒の自殺が起きたときの背景調査の在り方について(通知)」とする文書が出されている。これは、万が一児童生徒の自殺または自殺が疑われる死亡事案が起きたときには、死亡した児童生徒が置かれていた状況について学校又は教育委員会等において適切に背景調査がなされるよう指示されたものである。

学校側は自殺があった6日後に、全校生徒を対象にアンケート調査を行った。このアンケートにおいて複数の生徒から、自殺した生徒がいじめを受けていたと推察される「トイレで暴行を受けていた」、「自殺の練習をさせられていた」、「金品を要求されていた」、「万引きを強要されていた」といった多くの目撃情報が寄せられた。

しかし、大津市教育委員会はアンケート内容の詳細を公にすることはせずに、自殺原因に係る調査結果について「いじめと自殺との因果関係は判断できない」との見解を発表して、事件発生後約3週間で調査の打ち切りを決めた。

自殺した生徒の父親は、複数の生徒からいじめを受けていた事実が判明し、また学校側からは暴行に関する説明もあったため、10月から12月にかけて計3回、滋賀県警大津署を訪れ「被害届を出したい」と相談したが、「被害者が死亡しており事件にするのは難しい」ことなどを理由に被害届けを受理することを断られた。なお、この時遺族側は、学校側からアンケートの結果を口外しないよう確約書に署名させられていた。しかし、真実を明らかにして自殺した生徒の無念を晴らしたいとする遺族は、2012年2月24日、自殺はいじめが原因として、大津市と元同級生の3人ならびにその保護者を相手に約7720万円の損害賠償を求める民事訴訟を大津地裁に提起した。

5月22日に開かれた第1回口頭弁論では、元同級生のうち2人は「遊びであり、いじめではなかった」との認識を示し、いじめ自体を否定した。残る1人は認否を保留した。また市側は、男子生徒がいじめを受けていたと認める一方、「いじめを苦にしての自殺と断じることはできない」と主張し、いじめと自殺との因果関係や自殺の予見可能性を否定した。

その後、両親自らの聞き込み調査などで様々な事実が判明し、この問題がマスコミでも大きく報道されるようになると大津市や中学校、市教育委員会に対して市民からの問合せや批判が殺到するようになり、7月4日になってようやく市教育委員会はアンケートの内容などを公表するに至った。その後、生徒から寄せられた「自殺の練習をさせられていた」などのアンケート内容を非公表としていたことや、11月に同校生徒に対して2回目のアンケートが行われていた事実すらも公表されていなかったことが判明し(後日には、学校側が10月に全教員約60人に対してアンケート調査をした事実ならびにその内容や結果を市教育委員会に報告していなかったことが判明)、市教育委員会には更に強い批判が相次いだ。9日には生徒が通っていた中学校に爆破の脅迫状が届けられ、翌日休校となる騒ぎにまで発展した。また、市教育委員会では文部科学省に対してもアンケート内容や調査結果について報告していなかったことが判明し、大臣が直接テレビで遺憾のコメントを発し本省が直接再調査を示唆するに至った。

こうした社会的批判を受けて7月10日夜、大津市の越直美市長は市役所で記者会見を開き、「いじめがあったから亡くなったんだと思う。遺族の主張を受け入れ、和解したい」と述べ、いじめと自殺との因果関係を認めて和解を目指す意向を示した。また、一連の学校と市教育委員会の調査の不備を批判したうえで、外部の有識者による調査委員会を設置して徹底した再調査を行うことを明言した。

そして7月17日に行われた民事訴訟の第2回口頭弁論では、市側は「いじめと自殺の因果関係を今後認める可能性が高く、和解協議をさせてもらいたい」とし、裁判でも初めて和解に向けた意向を明らかにした。

一方、滋賀県警は7月11日、前年9月に行われた体育大会で同級生の少年3人が自殺した生徒の両手を鉢巻きで縛り口に粘着テープを貼ったことでの暴行容疑について、中学校と市教育委員会(大津市役所)を家宅捜索し、校長や教師、教育委員会の職員から任意で事情聴取を始めた。こうして一連の問題は、刑事事件へと発展することとなった。なお20日以降の夏休み期間中には、アンケートで暴行やいじめを直接目撃したとの回答を寄せた生徒300人余りからも、任意での聞き取り調査を始めることとしている。

3.学校側のいじめの認識と対応

生徒が自殺をする前に、学校側は同生徒がいじめを受けていることを認識する場面は数多くあったと思われる。

少なくとも自殺があった6日前の10月5日、同級生の女子生徒から「トイレでいじめられている」との通報を受けて、担任と学年主任の教諭は同生徒が複数の生徒から暴力を受けていた現場に駆けつけている。しかし、同級生らに事情を聞いたところ双方が殴り合う「けんか」であったと話し、同生徒も「大丈夫、これからも友達でいたい」と答えたという。放課後、担任や学年主任らで対応を協議したが、「力の差が出ている(=だからいじめ)」との指摘も出たが、結論は「けんか」となり、いじめ解決に向けた具体的なアクションが講じられることはなかった。

このほか、9月頃にも担任には同級生らからいじめの目撃情報などが寄せられており、また男子生徒の父親も2度にわたって生徒の金遣いの荒さを担任に相談していたという。

こうしたことから、担任の男性教諭含め学校側は、事前に「いじめの可能性」には気づいていたと思われるが、何らかの理由から「いじめ問題」として事件化することが避けられてしまった可能性が読み取れる。その何らかの理由については、「学校の先生は多忙すぎる」、「いじめ問題を起こした教員への評価制度に問題がある」、「学区制により学校は子どもより親達の心証ばかりが気になる」といった意見や考え方があるようだ。

また、市教育委員会の立場からすれば、アンケートで16人もの生徒が「自殺の練習をさせられていた」と回答していたことを最近まで非公表にしていた理由について、「事実確認は可能な範囲でしたつもりだが、いじめた側にも人権があり、教育的配慮が必要と考えた。『自殺の練習』を問いただせば、当事者の生徒や保護者に『いじめを疑っているのか』と不信感を抱かれるかもしれない、との判断もあった。」と説明していることから、権限無き責任者(教育委員会)の悲しき保身の実態が読み取れる。強く非難されるに値すると感じる半面、可哀想にも感じられてしまう。

いずれにしても、幼い子どもの自殺を防ぐことができなかったことは本当に痛ましい限りであり、学校側の問題だけではなく日本の社会全体の問題として考え直すべき時である。

ちなみに、文部科学省による『"いじめ"の定義』は、以下の通りである。

「いじめ」とは、「当該児童生徒が、一定の人間関係のある者から、心理的、物理的な攻撃を受けたことにより、精神的な苦痛を感じているもの。」とする。
「児童生徒の問題行動等生徒指導上の諸問題に関する調査」において、個々の行為が「いじめ」に当たるか否かの判断は、表面的・形式的に行うことなく、いじめられた児童生徒の立場に立って行うものとする。なお、起こった場所は学校の内外を問わない。

  • (注1) 「いじめられた児童生徒の立場に立って」とは、いじめられたとする児童生徒の気持ちを重視することである。
  • (注2) 「一定の人間関係のある者」とは、学校の内外を問わず、例えば、同じ学校・学級や部活動の者、当該児童生徒が関わっている仲間や集団(グループ)など、当該児童生徒と何らかの人間関係のある者を指す。
  • (注3) 「攻撃」とは、「仲間はずれ」や「集団による無視」など直接的にかかわるものではないが、心理的な圧迫などで相手に苦痛を与えるものも含む。
  • (注4) 「物理的な攻撃」とは、身体的な攻撃のほか、金品をたかられたり、隠されたりすることなどを意味する。
  • (注5) けんか等を除く。

(出所) 文部科学省ホームページ「いじめ」より

4.学校におけるいじめの把握

文部科学省では毎年一回「児童生徒の問題行動等生徒指導上の諸問題に関する調査」を行い、その結果を公表している。この調査では、小・中・高・特別支援学校において一年間に把握された暴力行為やいじめ、不登校や中途退学、自殺等の諸問題の発生件数やそれに関係した児童生徒数等が報告されている。

平成22年度調査によると、小・中・高・特別支援学校における「いじめの認知件数」は約7万8千件で、前年度(約7万3千件)より約5千件増加し、児童生徒1千人あたりの認知件数は5.5件(前年度5.1件)となっている。内訳は、小学校が36,909件、中学校が33,323件、高等学校が7,018件、特別支援学校が380件(合計77,630件)である。都道府県別の児童生徒1千人あたりの認知件数(全国5.5件)は、福島と鳥取が1.0件と最も少なく、
1校あたりの平均認知件数としては、小学校が1.7件、中学校が最も多く3.1件、高等学校が1.2件、特別支援学校が0.4件である。ちなみに、中学校でも私立(1.1%)や国立(1.5%)の中学校は低く、公立の中学校で3.2%と高くなっている。
また、「いじめを認知した学校数」は16,335校で、全学校数に占める割合は41.3%となっている。学校別では中学校が55.7%と最も多く、半数以上の中学校でいじめが認知されている状況となっている。
なお、いじめが認知された件数のうち、いじめの現在の状況で「解消しているもの」の件数の割合は、79.0%であった。

下の図1は、昭和60年以降の本調査において把握されてきた「いじめの件数」の推移のグラフである。

この「いじめ件数の推移」をみると、調査が始まったり調査手法が変わって改めて調査が実施された年に限っていじめの件数は突然跳ね上がり、その後十年前後をかけて減少していくという傾向が強く現れている。

図1 いじめの認知(発生)件数の推移

図1のグラフ

[注1] 平成5年度までは公立小・中・高等学校を調査。平成6年度からは特殊教育諸学校、平成18年度からは国私立学校、中等教育学校を含める。
[注2] 平成6年度及び平成18年度に調査方法等を改めている。
[注3] 平成17年度までは発生件数、平成18年度からは認知件数。

(出典)平成22年度「児童生徒の問題行動等生徒指導上の諸問題に関する調査」より


この「いじめ件数の推移」をみると、調査が始まったり調査手法が変わって改めて調査が実施された年に限っていじめの件数は突然跳ね上がり、その後十年前後をかけて減少していくという傾向が強く現れている。

いじめによる自殺事件などが起こり大きなニュースになると、教育行政に対してはいじめの把握や対策が不十分であるとする激しい社会的批判が寄せられ、その度に文部科学省では調査方法を変更することで批判への対応を図ってきた。その結果、いじめ件数は翌年調査で大きく増大することになるが、同時に教育現場に対しては「いじめ半減」の目標が厳しく課せられ、その効果なのかあるいは目標達成に向けた数合わせなのか、社会的批判が鎮静化するにつれて徐々にいじめの件数は減少している。

この調査結果をみると、果たして学校(教育現場)において「いじめ」は的確に把握されているのだろうかと、大きな疑念が生じてくる。

図2は、平成22年度のいじめ認知件数を都道府県別に児童生徒1千人あたりの件数に除して比較した縦棒グラフである。同時に示した折れ線グラフは、同調査において報告された都道府県別の不登校児童生徒数(小・中学校のみ、児童生徒1千人あたり)である。

このグラフをみると、不登校児童生徒が発生する割合については都道府県別にほとんど違いはないが、児童生徒数あたりのいじめの認知件数の割合については都道府県によって大きな違いがある。最も少ないのは佐賀県で、児童生徒1千人あたりのいじめの認知件数は0.6件である。それに対して最も多い熊本県は27.6件となっており、その差は46倍にも達する。不登校といじめの問題では、発生理由も異なるであろうし因果関係も一義的に認めることはできないが、不登校の発生割合は都道府県別で違いが無いのに、いじめの認知件数の割合が都道府県によって46倍もの開きがあるというのは、明らかに調査方法に問題があると指摘せざるを得ない。つまり、都道府県あるいは学校によって、いじめに対する認識レベルに明らかな違いが認められる。

図2 都道府県別のいじめの認知件数等

図2のグラフ

[注1] いじめの認知件数は国公私立小・中・高等学校・特殊教育諸学校の調査による。
[注2] 不登校児童生徒数の調査対象は国公私立小・中学校(中学校には中等教育学校前期課程を含む)。年度間に連続又は断続して30日以上欠席した児童生徒のうち不登校を理由とする者について調査。不登校とは、何らかの心理的、情緒的、身体的、あるいは社会的要因・背景により、児童生徒が登校しないあるいはしたくともできない状況にあること(ただし、病気や経済的理由によるものを除く)をいう。

(出典)平成22年度「児童生徒の問題行動等生徒指導上の諸問題に関する調査」より


この、学校におけるいじめの認識レベルの違いを目の当たりにすると、統計には現れてこない隠れた(見過ごされた)いじめ、あるいは隠されたいじめが相当数あると思わざるを得ない。

図3は、「児童生徒の問題行動等生徒指導上の諸問題に関する調査」で報告されている自殺した児童生徒数の推移のグラフである。

文部科学省のこの調査によると、学校が把握している自殺した児童生徒数は昭和54年度の380人(公立小・中・高等学校の調査)をピークに徐々に減少してきており、平成22年度の自殺した児童生徒数は156人(国公私立小・中・高等学校の調査)であった。内訳は、小学校が1人、中学校が43人、高等学校が112人である。なお、自殺した児童生徒が置かれていた状況として「いじめの問題」があった生徒は4人と報告されている。

図3 児童生徒の自殺の状況

図3のグラフ

[注1] 昭和51年までは公立中・高等学校を調査。昭和52年からは公立小学校、平成18年度からは国・私立学校も調査。
[注2] 昭和49年から62年までは年間の数、昭和63年以降は年度間の数である。
[注3] 平成22年度総数の内訳は、国立0人、公立121人、私立26人である。
[注4] 学校が把握し、計上したもの。

(出典)平成22年度「児童生徒の問題行動等生徒指導上の諸問題に関する調査」より


一方、警察庁の調べによる「自殺統計」(図4参照)によると、平成22年の小中高校生の自殺者数は、小学生7人、中学生76人、高校生204人で、合計287人となっている。文部科学省の調査による学校が把握している自殺児童生徒数(平成22年度で156人)との間には1.8倍もの大きな開きがあり、過去10年間の人数を比較しても毎年2倍前後の違いがみられる(1.8倍から2.3倍程度で推移するも平成17年は2.8倍にもなっている)。

図4 警察統計と学校が把握している自殺生徒数の比較

図4のグラフ

[注1] 図1および図3の脚注を参照のこと。

(資料)平成22年度「児童生徒の問題行動等生徒指導上の諸問題に関する調査」 ならびに 警察庁「自殺統計」より


いじめの把握に関しては、調査方法や報告する側のいじめの認識の違いによって誤差が生じる可能性はあり得るが、自殺という重大な事件かつ明確な発生事象に関して警察と学校とではその把握件数に2倍もの開きが生じているというのは明らかにおかしなことである。

性格も体格も違う大勢の子ども達が同じ教室で何年もの時を一緒に過ごす学校生活において、いじめの総数を減らすことはできても、いじめを全く無くすことはできないであろう。むしろ、いじめの根は必ずクラス内に存在していると考えた方が現実的ではないだろうか。いじめが大きくなりそのいじめによる自殺が生じるのを食い止めるためには、いかに些細な気づきのきっかけをも見逃さない学校関係者や保護者の目配りや気配りが大変重要であると考える。そのためにも、些細ないじめと疑われる「けんか」にも目を瞑ったり背を向けたりすることなく、正確にその所在を確認し報告する姿勢を学校関係者に望みたい。


追記

人気テレビドラマ『相棒』の1シーンに、主人公の杉下右京(警部)と小野田(官房長)との間で以下のようなやり取りがあったのが思い出される。

○ランチ時。(杉下右京と小野田が、それぞれ一人用鍋を並んで食べている)

右京:
「沸騰した鍋に蓋をすれば吹きこぼれるかもしれません。今は、その鍋が沸騰している時ではないでしょうか?」
小野田:
「それならまず、火を止めるのが先かな。」
・・・・
「世の中には、火を止めたあとも蓋を開けてはいけない鍋があるんじゃないのかな?」